子どもの好奇心に基づいた適度な「遊び心」や「一見無駄とも思える体験」を待つことができなかった親は、適度な柔軟性や融通性を子どもに年齢相応に獲得させることができず、従って子どもはちょっとした人間関係の中でも傷つきやすく、また生きるエネルギーに乏しい子どもになってしまうのかもしれません。
「キレる子」の背景にあるものの中から、待てない親の心のメカニズムについて話題を深めていくことにします。
まず、待てない親は、自分の思う通りに子どもを育てようとして、子育てに懸命になっていることが多くあります。
そしてその親の一生懸命さが、子どもとの関係を互いに依存的な抜きさしならないものにしてしまっているという大きなリスクを親子で背負い込んでいることに気がつかないでいることも見られます。
親が子どもに入れ込んでしまい、待てなくなってしまうその心の奥底には、子どもの歩む人生によって親が自尊心を取り戻そうとしたり、親が過去に傷ついた体験を「我が子に同じ思いをさせたくない」と称しながら、実は親自身の傷を癒そうとする欲求も潜んでいるようにも思われます。
例えば、戦後、貧困のため高校、大学に進学できず、豊かな思春期青年期を過ごせなかった戦中派の親たちが、我が子を受験戦争に走らせ「せめて子どもに学歴だけは」と躍起になった時代が昭和40年から50年代の日本にみられました。
今も受験熱、学歴信仰みたいなものの価値自体はそれほど下がっていないのかもしれませんが、今の受験熱とは若干その質を異にしているように感じられます。
当時の受験熱の高さは、親が過去に傷ついた体験を我が子の人生によって親自身の傷を癒そうとする社会的な現象だったのではないかとも考えられます。
また、違った見方をすれば、一度しかない自分の人生を自分らしい生き方で幸福に生きてほしい、子どもを襲う不幸は取り払い、苦労せずに生きていってほしいという親の当然の思いが「我が子のためなら」という子どもへの高い期待とお節介にすり替わっているのかもしれません(親・教師の不安と焦りに詳述)。
「わがことのように」子どもに関わることが、その実「わがことそのもの」になってしまったり、「わがこと」を我が子に重ね合わせてしまっていることも知らず知らずのうちにあるわけです。
「待てない親」は子どもへの期待や不安、そして自分の焦りから黙っていられなくなり、「そこはこうしたほうがいい」などと口を出し、手を出してしまいます。
子どもに任せたり、子どもの好奇心に基づいた適度な「遊び心」や「一見無駄とも思える体験」を待てなくなってしまいます。
これは親の「不安と焦り」によるものであることが多いように思えます。このままでは我が子は将来幸せな人生を送れないのではないか、みんなとうまく一緒にやっていけないのではないかという不安がそうさせるのでしょう。
親の不安を子どもに投げかけた場合、子どもはさらに大きな不安に駆られます。
親が子育てに真面目で誠実で一生懸命であればあるほど、「待てない親」のからくりにはまってしまうと言えます。
ここで大事なことは、これが子どもの生得的にもっている伸びようとする莫大なエネルギーや親からの心理的離乳を果たそうとするエネルギーの芽を摘んでしまっていることに親自身が気がつかないことです。
先回りをして子どもが要求する前に子どもの要求を満たしてしまう親の母性過多と、「壁」となり子どもがそれを克服するのを威厳のある態度で待つ家庭内の父性欠如が「キレる子」を生む一つの大きな要因になっているのかもしれません。
家庭内において両親の母性過多と父性欠如が組み合わさると、これ自体がもの凄いエネルギーを発現してしまいます。
家族の不安を増大させ、子どもから好奇心や遊び心を奪い、子どもの適度な柔軟性や融通性の獲得を阻んでいるのではないかと思えます(反抗を親・教師はどうとらえるか−に詳述)。
本稿では、主に親の関わり方について述べていますが、これと同じ心のメカニズムが、学校において教師と児童生徒の関係の中に働いている場合もあると考えられます。