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京丹後市立丹波小学校

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更新日:2011年4月15日

丹波小学校の紹介

校区の概要

本校は京丹後市の峰山町にあり、本校の位置する丹波校区は、その峰山町の北東部に位置し、街の中心地に隣接する桜内・丹波と田園豊かな内記・矢田・橋木の5地区からなっている。各地域には、伝統芸能も多く、特に丹波に古くから伝わる秋祭りの「芝むくり」(チャア)は京都府の文化財に登録され、古くから脈々と受け 継がれてきている神事である。 まつり2
 また、古い歴史と伝統を培い育んできた先人にも恵まれ、江戸時代に丹波の大みぞとよばれている「丹波郷大井せき」を作った伊佐衛門の功績は、今日でも地区民の中で語り継がれている。
 本校は、児童数91名で1学年1学級の小規模校である。児童は総じて、素直で落ち着いている。家庭は、今日では少なくなってきている3世代同居が多く、夫婦は共働きが多い。地域・保護者の学校教育への関心は高く、又、学校の教育活動にも協力的である。 

沿革

  明治 5年 8月2日  豊岡県11区2の小区矢田小学校として開校(長安寺)
  明治15年10月    新校舎竣工(長安寺より字矢田小字大立中に移転)丹波尋常小学校と改称。桜内分校,橋木分校設置
  明治37年 9月    現在地に新校舎改築。桜内分校,橋木分校を廃止し統合  高等科(3年)設置
  大正11年                 高等科第3学年を廃止
  昭和 2年 3月7日  丹後大震災で北側校舎を残し倒壊損失
  昭和 4年 1月    新校舎竣工
  昭和16年 4月    丹波国民学校と改称
  昭和18年12月    冬季みそ汁給食開始
  昭和22年 4月    丹波小学校と改称(高等科は峰山中学校へ)
  昭和34年10月    給食開始
  昭和40年 3月    赤坂・石丸地区,峰山小学校校区へ分離
  昭和47年 4月    内記地区,丹波小学校へ入学児童より順次編入
  昭和52年 7月    プール竣工
  昭和53年12月    丹波小学校竣工
  昭和59年 8月    立体砂場完成
  昭和61年 3月    さざんか並木完成
  昭和63年10月    京都国体家庭婦人バレーボール大会会場校
  平成63年12月    府・町教育委員会指定教育実践校として理科研究発表会開催
  平成元年9月      峰山町学校開放事業「学校開放講座」開講
  平成2年5月      玄関前庭園改修
                「学校開放講座」岡本真理子大講演会(元オリンッピク金メダリスト)
  平成4年         運動場南東側にパネル壁画完成(コンパネ18枚)
  平成5年         福祉協力校(平成5~7年度)
  平成8年         峰山町小・中学校教育実践推進校指定
                 丹波PTAにて団体表彰受賞
  平成9年         丹波小学校創立20周年記念行事コンピュータ室設置
  平成12年        京都府小学校教育研究会家庭科研究協力校
  平成13年        京都府小学校教育研究会家庭科研究発表大会
  平成15年        丹後PTAにて団体表彰受賞国際ボランティア貯金普及協会理事長賞受賞
  平成17年        障害児学級開設
  平成18年 4月    「丹波小安全パトロール隊」結成
  平成19年         障害児学級を特別支援学級と改称
                 京丹後市教育委員会指定「教育実践モデル校」(19・20年度)

  平成20年 3月    特別支援学級閉級         

校歌 

作詞  田中のぶ子  今西 義雄
作曲  宮田  和          
 

一 田庭の里と 名に負える
   ふりしゆかりを ほこりつつ
   平和な村の 学舎に
   新な智識 学びゆく
   たのもし 我等の丹波校

 

 

二 四方にめぐれる 峰々を
   仰ぎて立てば 血潮わき
   希望にもゆる よき友と
   共にむつみて 溌溂と
   伸びゆく 我等の丹波校

 

 

三 雲押し分けて そぎ立てる
   遥に大江のたくましき
   姿にも似た 心もて
   正しき瞳 見ひらきつ
   進まん 我等の丹波校

校舎
 

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