狂言ワークショップ

狂言ワークショップについて

 嵯峨野高校では、平成21年度から、茂山正邦先生ほか茂山狂言会の先生方の御指導により、大蔵流狂言を学び、舞台発表する取組を行っています。

 平成23年度は、京都府文化芸術室から「京都府次世代文化継承事業」の委嘱を受け、発表会を本格的な能舞台(河村能舞台)で開催することにしました。過去2回は、他校との合同により一般のホールで発表していましたので、念願の能舞台です。

 

平成23年度の取組

 今回、狂言の稽古を受けるのは、1年生女子2名、1年生男子1名、2年生女子2名、2年生男子2名の計7名です。

  1年生女子2名は、アカデミックラボの「国語・国文学ラボ」の活動の一環として参加し、他の5名は全1・2年生を対象とした公募により参加することになりました。2年生女子2名は普通科第II類理数系の生徒で、理系クラスからの参加は初めてです。2年生男子2名は昨年から引き続いての参加です。 御指導は、昨年・一昨年に引き続き、茂山正邦先生と井口竜也先生です。

 

稽古を重ねる

 稽古は11月17日(木)から始まりました。最初は所作をつけず、台詞だけを先生に続いて発声します。

 

 翌週からは所作をつけた稽古に入り、期末テストをはさんで合計6回の稽古を受けました。狂言独特の台詞まわし・イントネーションに苦労しながらも、毎回真剣に取り組み、演技もだんだんスムースになってゆきます。

   
 発表会前日の17日(土)には、学校のスタジオで自主練習に励むグループもありました。

 

発表会本番

 いよいよ12月18日(日)は発表会本番。会場は河村能舞台(京都市上京区)です。外見は普通の住宅のようなのですが、中に入ると立派な能舞台が設けられており、生徒たちも一気に身が引き締まります。

 京都和装産業振興財団の御協力による衣装をつけて、最後のリハーサル。

 

 お客様も、保護者を中心に約60名が御入場くださり、午後2時から休憩なしに3曲を続けて上演しました。


(1) 柑子(こうじ)

 
[あらすじ] 主人から預かった貰いものの三つなりの柑子(みかんの一種)を持って来るように言いつかった太郎冠者。ところが、すでに食べてしまっていたので、いろいろな言訳をはじめます。一つめ・二つめの言訳の後、三つめに、哀れな物語があると言って、俊寛の島流しの話を語りはじめます。三人で流されたのに一人だけ残された俊寛と、三つあったのに一つだけ残った柑子の思いは同じだろうと言って、いったんは主人をしんみりさせますが・・・。


(2) 舟船(ふねふな)

 
[あらすじ] 主人はどこか物見遊山に行こうと太郎冠者に相談、彼の提案で西宮に向かいます。途中、神崎(今の尼崎付近)で太郎冠者が渡し船を「フナや~い」と呼ぶので、主人は「フネと呼べ」とたしなめますが、太郎冠者は古歌を持ち出して「フナ」説を主張します。主人も負けじと古歌を引きますが、一つしか出せません。不利な形勢を逆転しようと、主人は「フネ」とよむ謡をうたいはじめますが、実はその続きに「フナ」とよむところがでてくるのでした・・・。


(3) 舎弟(しゃてい)

 
[あらすじ] 弟は、いつも兄が自分を名前ではなく「舎弟」と呼ぶことが不審で、物知りに尋ねにゆきます。そんなことも知らないのかとあきれた教え手は、いたずら心を起こして、舎弟とは「人の物を断りなしに、ソーッと袖に比べて帰る」ことと教えます。自分は盗人扱いされていたのかと憤慨した弟は、兄のところへ乗り込み、兄こそ他人の家で天目(てんもく)茶碗を盗んだり、近所の家で生まれた子牛に墨を塗り、斑(まだら)牛に仕立てて売り飛ばしたではないかと責め立てます・・・。

 

 休憩をはさんで、茂山正邦先生の太郎冠者(シテ)・井口竜也先生の主人(アド)による狂言「寝音曲」が演じられました。前半出演した生徒たちも、見所(けんじょ、客席)から拝見です。
 やはり先生方の演技には、最初の一声だけで会場全体の雰囲気を一変させる力があり、思わず溜息が出る思いでした。


[あらすじ] 主人から謡を所望された太郎冠者。これは迷惑と、酒を飲まなければ謡えない、女房の膝枕でなければ謡えないと言い立てて断ろうとします。何とか謡わせようとする主人が酒を飲ませ膝枕をしてやると、さらに一計を案じた太郎冠者は、寝ているときは謡えるが体を起こすと声が出なくなるというふりをします。ところが酔いが回ってきた太郎冠者は、寝たときに声を出さず起こされると声を出すようになり、やがて謡いながら舞い始めてしまいます・・・。


 生徒たちの上演のときはクスクス笑いだった客席も、このときは爆笑といっていい大きな笑いで盛り上がり、とても楽しませていただきました。

 

参加生徒の感想

 取組を終えた生徒たちは、次のような感想を残しています(いずれも抜粋)。


「独特のイントネーションや、動作、様式美ともいえそうな言い回しの数々。狂言の台本に触れ稽古をするたびに、その魅力に惹きつけられ、いつしか、あまり興味のなかった狂言の稽古を、毎日心待ちにするようになっていました。 (略) 演じ終えて思ったことは、とにかく多くの日本人に、この狂言の面白さを知ってもらいたい、ということでした。」


「初めのうちは意味がわからなかった話の筋もだんだんわかってきて、最後のほうは楽しんで練習することができました。 (略) 実際に能舞台に上がらせてもらったり、衣装を着せてもらったりと、普段であればありえないことも体験させていただきました。自分自身が演じるというかたちで古典芸能に接するという機会自体なかなかあるものではないし、そういうことも含めて、貴重な経験だったと思います。」


「本番の日は、まず会場に行って、初めて能舞台に立ってみて、ステージの小ささにびっくりしました。プロの方々は、たったこれだけのスペースで、あれほどたくさんのユニークな演技をされているんだな、と考えて感動しました。リハーサルはまた少し詰まったのですが、2人でぶつぶつつぶやきながらお昼とか待ち時間とかを過ごしていたら、本番はミスなく完璧に演じることができて、本当に嬉しかったです。」


「今まで狂言は決して身近なものではなかったのですが、いざ練習が始まると、とても親切に教えていただいて、どんどん狂言をおもしろく思うようになりました。一番不安だった謡も、何度も何度も繰り返しお手本を見せていただき、無事に謡い終えることができたときは、達成感で逆にドキドキしていました。 (略) 狂言に対する印象が180度変わりました。」


「途中で座る場面が一度もなかったので、足は痛いし震えるしで、本番のときでも大変でした。しかし、緊張するということがほぼなくて、とても自信を持って取り組めたと思います。思い切りのある演技ができ、あがり症だった自分には大きな進歩です。 (略) 発表の後、ああ終わったなと感慨に浸りながら、それを寂しくも感じていました。それほど、自分の中で狂言は大きなものになりました。今後は、狂言で得た自信を、どこか人前で発揮することができたらなと思います。」


「『能舞台ってどんな感じだろう』と当日まで思いをめぐらせていました。まさか、自分たちが狂言をするためにあのような立派な舞台が用意されているとは思いませんでした。いざ舞台に立つと、セリフがあいまいになったり、早口になったりと、慌てているのがよくわかるリハーサルとなってしまいました。 (略) でも、茂山正邦先生や井口先生のとてもていねいな御指導のおかげで、本番では無事に演じ遂げることができました。」


「先生方の『寝音曲』が始まった瞬間、空気が急に変わったのを感じました。力が抜けきった状態で、自然に面白おかしく狂言が出来るというのを見て、プロの凄さを感じました。 (略) 稀有な体験を学校でさせて頂けたのは、本当に嬉しかったです。また、今回の体験を通して、狂言の面白さがわかったので、これから狂言にもっと触れていきたいし、よりたくさんの人々に鑑賞して楽しんでほしいと思いました。」