論文
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高校教育と大学をスペクトルで結ぶ試み
京都府立洛東高等学校 理科教諭 西村昌能(理学博士)
1.はじめに
2002年8月19日から22日にかけての5日間、私の勤務する洛東高校の2年生7名が京都大学理学研究科附属花山天文台で、スタッフの指導を受けて、太陽物理観測実習を行った。この研究会では、洛東高校生が花山天文台で行った高分散分光での太陽物理の実習について引率教員側からの報告をする。
2.洛東高校について
洛東高校は、京都市山科区にある唯一の普通科高校で、今年、創立50年をむかえる。1学年6クラス規模の学校で一学年に理系は40+14名である。なお、疏水べりにあり、春は桜、秋は紅葉と風光明媚なところにある。
さて、今回は2年生の物理履修者64名と地学履修者76名に、夏休みの実習について募集を行った。反応したのは、物理履修者7名だけであった。なお、物理履修者の物理学習状況は力学の初歩程度であった。つまり、7人は天文学は素人で、部活は運動系が多く、登山部、水泳部、バドミントン部などで活躍している。なお、天文部や地学部は廃止されて久しい。
3.花山天文台について
花山天文台は京都大学理学研究科附属施設である。観測機器は45cmツアイス屈折望遠鏡、70cmシーロスタットと高分散分光器、18cmザートリウス屈折望遠鏡があり、KIPSと名付けられた、解析装置が(unixシステム)があり、多くの学生でにぎわっている。
4.シーロスタットについて
観測に用いたシーロスタットは焦点距離 20m、つまり太陽像はスリット面で20cm、スリット幅50μm、スリット長 10mm、CCDでの画面全体が5万km、ピクセルサイズは0.13秒の大きさ、波長分解能 10万、つまりCCDの1ピクセルが0.0064Å(今回の実測)である。
5.実習計画の立案
今回の取組は、洛東高校側から花山天文台に持ちかけた。当時の校長の強い理解と応援もあった。地学研究会や天文教育で面識のある柴田一成先生を通じて素案を提案したのであった。具体的な観測内容は黒河台長、柴田先生、研究員の石井さんなどとメイルで相談し、スタッフのみなさんとの会合を持ち、次のように決定した。
シーロスタットの高分散分光器を利用することを基本とし、
@太陽の自転速度の決定
A黒点磁場の決定
BフレアのHαスペクトル観測
Cプロミネンスのスペクトル観測
この中で、検討したことがあった。それは、1)このようにテーマができたが、その人数は10人まで→学校としては多い方がいいが。2)テーマは生徒の知識・力量を越えているが、最先端の科学にふれさせ、天文学に興味を持たそう。3)地元といっても山の上、バスの便もない。交通手段は?などなど。
また、最終目標は天文学会のジュニアセッションでの発表を設定した。
また、資金は、校長の後押しが強く1)生徒に関わるものはPTAからの支出、2)スタッフへの謝礼は教育委員会からの援助、3)さらに、ジュニアセッションでの発表旅費の生徒への補助をPTAから。
6.計画概要
夏休みの8月19日(月)から23日(金)
朝9:00〜夕方17:00
晴れたら観測、曇れば解析
生徒を3チーム(2,2,3)にわける。
観測と解析はザートリウス(Hα像)、シーロスタット(分光)、解析室の3箇所を回る。
(3箇所にスタッフがいて、生徒達を指導する。≪スタッフ数15日人≫)
夏休みは天文台で、あとの解析やポスター作り、スライド作りは学校へ帰って自分らで行う。
7.事前学習
生徒募集は6月に行ったので、実際の活動は7月からであった。学校で「太陽物理概論」を放課後に行う。内容は、地学IBの教科書の太陽について詳しく講義した。
7月23日には、生徒を連れて天文台見学を行い、案内役の柴田先生からテーマを教えてもらった。
8.観測後の研究活動
あとで述べるが晴天も続き、観測としては幸運な状況で充実した夏休みが終わるとすぐ学校祭、中間考査が続き、2学期は何もできなかった。
そのなかで、9月28日の花山天文台一般公開にお手伝いで生徒が参加し勉強もできた。これは、花山天文台側からのお誘いであった。
3学期は発表のために、週2回放課後2時間と、ほぼ毎週の土曜日曜などを利用して、解析を行い、プレゼンテーションの準備をした。(これが、生徒も私もなかなか厳しかった。)
9.研究発表
研究発表は4回行った。
@
A
B
C
まず、観測最終日に黒河台長、柴田先生やスタッフ10名の前で報告会をおこなった。
次に2月23日 京都府高校生理科研究発表会 京都市青少年科学センター。参加者70名
3月26日 天文学会ジュニアセッション 東北大
3月27日 高校生天体観測会フォーラム 仙台市
これらの発表は@は全員、AはB、Cに行かない生徒がB、Cは各チーム1名が発表した。
10.研究成果
次に、今回の実習で得られた成果を挙げる。
1)太陽の自転速度I
太陽の自転速度は、FeI6301,6302線のドップラーシフト量から求めた。
値は1.83±0.28 q/s
これは赤道面から少し離れた場所での測定と考えられる。
2)自転速度II
黒点のスケッチから黒点はNOAA0069(緯度8.4 ±1.4°)を利用。
12個のスケッチ (シーロスタットのスリット面で行う。)
1.84q/sという結果がでた。
3)磁場測定
有効ランデ因子の大きなFeI6302.499Å線でゼーマン分岐量を測定して求める。観測したのは、黒点はNOAA0069の中心黒点で実際には暗部でなく、半暗部で2.6kGが求まった。後にゼーマン分岐幅の定義を誤りをジュニアセッションで、国立天文台の桜井隆さんから指摘して頂き、1.3kGに訂正した。
4)フレアの観測
8月20日、花山天文台にある口径18cmのザートリウス望遠鏡に同架されているHα画像モニターで、巨大な黒点NOAA0069にMクラスのフレアが発生しているのが観察された。そこで、ちょうどHα波長域で黒点の観測を準備中であったシーロスタットのスリットをフレアが発生していると思われる領域に置き、3:01から3:06(UT)にかけて3つのデータを、また、雲に隠れたあと、3:10から3:13まで同じフレアの別領域と思われるデータを3つ、取得できた。
11.まとめ
高校生たちの感想は「がんばって良い結果が得られ、嬉しかった。今後も続けたい。」というようなものであった。内容的にも観測施設を生かせたものであり、精度良く求まった。課題は研究内容が十分に理解できていないこと。発表を最終目標に入れたのが、事後研究を続かせるのには良いと考える。今後もこの取り組みを続けていきたい。
今回の取組のついて京都大学花山天文台の黒河台長、柴田教授をはじめスタッフのみなさんにはおせわになりました。記して感謝を申し上げます。
図1
花山天文台70cmシーロスタット分光器で得られた太陽の赤道面のドップラーシフト
図2
黒点NOAA0069の中心黒点の半暗部で観測されたFeI6301Å線のゼーマン分岐
図3,4
8月20日、世界時3:00頃にNOAA0069に幸運にも現れたMクラスのフレアのHαスペクトル(左)とその輝線成分(右)。生徒達はこの輝線の強さからフレアの放出エネルギー量を
約8.7×10の26乗(erg/s)
と求めた。
第8回天体スペクトル研究会 2003年3月1日〜2日 和歌山県川辺町川辺天文公園
第8回天体スペクトル研究会集録 p17-p20 2003年10月20日 発行
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