過去の写真No.2に続く



完成した東舞鶴中学校第1号校舎


開校当時の授業風景
机を見てください。椅子もありませんでした。でも、勉学への意気込みは大変なものでした。
校地の整地作業に励む東舞鶴中学校生徒(バックの山は戦時中のために消してあります) 京都府立東舞鶴中学校 本館新築工事始まる 校庭での教錬風景
戦時中は配属将校による教錬が重要な位置を占めていました
道場における剣道の模範演技 学校農園における田植え風景(やはりバックの山は消してあります) 土俵開きの神事1年1組のホームルーム教室のあるあたりに土俵がありました。 終戦後は学制改革により京都府立東舞鶴高等学校となりました。その校門と本館。授業の始めと終わりはサイレンで行いましたが、屋根の上にそれが見えます。 東舞鶴高校に女生徒が初めて登場、東舞鶴中学のときは男子ばかりの学校でしたが、東舞鶴高等女学校(現青葉中学校)、中舞鶴高等女学校(舞鶴市立)と合併になり、女性とも登校するようになりました。現在の服装と見比べてください。
プールの建設作業
失対事業が主で本校生徒も全員が協力し(与保呂川まで砂利をとりに行ったり)完成しました。使用した機械もこの程度のものでした。
改築に入る前の東舞鶴高校の遠景 冬が近づくとだるまストーブが各教室に配備され春になると倉庫に格納されました。石炭は暖かく値段は安くて済みましたが(特に港町では)後始末には泣かされました。 大清掃風景 校内の北東部にはテニスコートがありました。全員で大掃除の最中です。

台風が襲来し、ごらんのような被害を受けたこともありました。

校舎の北東部にありました物理棟階段教室もありました。

木造の理科教室(1階に化学、2階に生物)が増築されました。

完成した理科棟(200号館)東側から写したものです。

新体育館のまだないとき、旧体育館を西から見た状態です。自転車小屋の後ろにピッチングハウスもありました。

校内水泳大会風景
水泳訓練の成果を問うもので、毎年9月に開かれました。

春の旧本館、噴水等
このころからカラー写真も出始めました。これはカラー写真を複写したもの。

100号棟の西側部分。通称新館の基礎工事です。左上が御霊神社ですがわかりますか。

100号棟(通称:新館)西側部分の基礎工事。向こうにある建物は旧図書館(その前は武道館)です。