▼教育相談シリーズ

反抗する子ども
 

 親や教師に対する子どもの「反抗」は、一般に困ったことと認識されますが、別の見方をすれば、子どものこころの成長としてとらえることもできます。
 前回の「虐待」に続いて、今回は「反抗」について取り上げます。
 「反抗」する子どもへの対応として、親や教師は、次の四つのようなことが大事であると考えられます。
 
「甘えさせる」が「甘やかさない」
 
 甘えてくる子どもには、できる範囲で十分に「甘えさせる」ことが必要です。
 しかし「甘やかす」ということは、子どもが他者へ無理な要求を突きつけたり、他の子どもに迷惑を及ぼすような行為をしたときに、それを許してしまったり、無関心を装ったりしていることです。
 そのときに過ちをきちんと指摘することは、子どもにとってたいへん大きな意味をもちます。「甘えさせる」ことは、子どもの確かな自立につながりますが、「甘やかす」ことは子どもの荒れを引き起こすことにもなり、子どもの健全な成長を妨げるものです。
 
「抜け道」を置いておく
 「どうしようもない困った行動」を「どうしようもない困った奴だ」と、その子どもの人格の一部であるかのように否定的に理解していることがあります。
 説教や叱責のみによってその非を糾そうとすることは、時として子どもを追いつめてしまうだけの結果となり、説教する側もいっそう感情的になり、あらぬことまでついでに叱ってしまうというようなことも起こりがちです。
 子どもの傷ついた感情に追い打ちをかけるようなゆとり のないかかわりは避け、「抜け道」のひとつは必ず置いておくことが大事です。
「黙っているときこそ」
 子どもは誰でも「先生から注目されたい」「認めてもらいたい」という欲求をもっています。
 もし「先生は自分のことなんかどうでもいいと思っている」「私なんかいてもいなくても同じ」と子どもが感じたときは、欲求の強さに比例するかのように、憎悪の気持ちを抱きます。
 子どもが黙っているから、何も言わないから、何もしなかった、気付かなかったというのは親や教師の無関心によるものかもしれません。黙っているときこそ、親や教師は子どもに「こころを使う」べきです。
 
「本気で伝える」
 親や教師はルールとして与えなければならないことを「本気で伝える」という努力を惜しんではならないと思います。
 親や教師のどのような言動であっても、子どもが「愛されている」「必要とされている」と感じられる温かな思いが根底にある限り、子どもが自立するための健全な「反抗心」は暴力や非行などにつながるとは思えません。
 
 
 それでも困ったら・・・ 
 大人への反抗心がベースにあるような荒々しい非行がみられる場合、親も子どもも、そして担当している教師も、早めに、ちょっと変だなと思ったらすぐにカウンセリングにかかることが必要です。
 カウンセリングにかかることで、それまでみえなかった新しい親子関係がみえてきたり、非行にかかわり指導が難しいケースで、解決の糸口が見えてきたり、そして何よりもカウンセラーの存在自体が大きな支えになります。
 親や教師は、完全な大人でも人格者でもないのですから、最愛の子どもに責められ、攻められることほど苦しいことはありません。
 反抗心がベースにある非行は、一人で抱え込むには荷が重すぎます。反抗し続ける子どもと向き合う時、少し肩の荷を降ろして「楽に構えて向き合う」方法や反抗の意味するものをカウンセラーと一緒に探していけるのではないかと思います。